Real or Imagined ?

アートで世の中を、社会を、世界を変える、と言う人はほぼ確実に近代アートに携わっている人だったりする。時代を映す作業をしていると“時代”というものを敏感に感じ取るのかも知れない。逆に僕のように真正面から古典的なセンスの人間は、さながら影絵のように時代の輪郭を感じる。近代な人がモチーフにライトを当てて細部を鑑賞しているときに、その背後の壁に映った影を眺めているようなものだ。

アートで世の中を、社会を、世界を変える、と言う人はほぼ確実に近代アートに携わっている人だったりする。時代を映す作業をしていると“時代”というものを敏感に感じ取るのかも知れない。逆に僕のように真正面から古典的なセンスの人間は、さながら影絵のように時代の輪郭を感じる。近代な人がモチーフにライトを当てて細部を鑑賞しているときに、その背後の壁に映った影を眺めているようなものだ。

最近、自分の好きなものがどんどん無くなっていってる気がする。面白かったものはどんどんつまらなくなり、素晴らしかったものがどんどん退屈なものへと変わっている。単に欲深いだけなのだろうが、そのうち僕の“好き”は無くなるのかな。とりあえずフットボールと美味しいコーヒーを飲ませてくれる店だけはいつまでも残っていて欲しい。

市井のことに興味を失って久しいので見るニュースはもっぱらロイターやらニューズウィークやらのサイトなのだが、意外にそれだけででも国内情勢の事がよくわかるというか、むしろ無駄で余計なものが一切無い分、逆に社会の流れを効率よく的確に追えているようだ。

この夏、HDDが3台一気に死んでしまい、途方に暮れていた。無くなったデータは仕方がないので諦めるしかないのだが、なかなか踏ん切りがつかないでいた。いずれもWD社製のHDDだったことが更に後悔の気持ちを撫で回す。
そういえばもう9月だ。あの震災から半年も経った。自分の中では未だ区切りはついていないが、たぶんそれでいいのだろう。